『ワンブレスト』訳者インタビュー

弊社の『ワンブレスト』(畢淑敏著・本多由季訳)プレゼントキャンペーンも多くの応募をいただき、10月で終了となりました。読者から「面白かったです!」など多くのコメントが寄せられています。私自身も一読者として読ませていただき、いくつか感じることがあり、訳者の本多さんに紙面インタビューを申込みました。
インタビュアー:毛 淑華

インタビューのお相手

本多由季さん写真

本多由季

大学卒業後、会社員生活を経て、北京へ語学留学。現在はフリーランスでおもに中国ドラマの字幕翻訳を手がける。 休日は1日1冊ペースで本を読むことを自負していたが、最近、ある天才子役が学業と仕事の合間を縫って1日1冊以上読むと聞き、軽くショックを受ける。福岡伸一がマイブーム。

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ー 改めて出版、おめでとうございます。何か手ごたえがありましたか?

ありがとうございます。読者から「一気に読んだ」という感想をいただいたときは、うれしかったです。中国のことをあまり知らない方には、少し強烈に感じるところもあるかと心配しましたが、むしろ新鮮だったようで、日本の読者にすんなり受け入れられたことに勇気づけられました。

ー 莫言のノーベル文学賞受賞もあり、中国文学が少し注目されるようになってきましたが、まだまだ全体的に翻訳物が少ないと思います。これは中国文学が持っている重たさによるものだと思うし、もう一つの要因を言ってしまえば、翻訳が面白くないです。堅い内容+堅い翻訳で、途中でギップアップしてしまいます。
その点で、本多さんの翻訳は非常に読みやすかったです。褒め言葉になるかどうかは分かりませんが、翻訳書によくある、「原文が透けて見える」ことは全くありません。人物名を「花子」や「マリア」に変えれば、違う国の話にもなりそうです。心理カウンセリングという共通手法、乳がんという共通課題により、この訳書には無国籍な雰囲気が漂っていますが、翻訳者の努力によるものも多いと思います。翻訳する際に、どういう気遣いをしましたか?

もし楽しんでいただけたとしたら、それは原作の力だと思います。

じつは企画の段階から「日本人にもすんなり入れる作品」を探していました。乳がんやカウンセリングは、国籍を問わない共通の話題であり、共感を得られやすい。また一方で、この作品には中国らしさもたっぷり含まれています。現代中国の作品を日本の読者に紹介するなら、これがいいと思いました。私自身も、読者として楽しんで読みましたから。

翻訳ものといえば、やはり欧米のものが圧倒的に多いです。その国への理解もすでに形成されていて、文化へのあこがれもあったりします。その土台があるのとないのとでは、コンテンツを紹介するのにも違いがあって当然です。今の段階では、中国的な要素もありつつ、やはり共感しやすい内容のものを日本に紹介するのがいいと私は考えています。日本の読者のあいだに、もっと中国の事情や文化への理解が広がれば、その時は、紹介できるものも広がると思います。

翻訳にさいして、とくに工夫したことはないのですが、つねに「どう表現したら、原文の言わんとしていることが伝わるか」だけを考えていました。原作ありきの翻訳作業に、創作は許されません。でも、ただ言葉を置き換えるだけでは、異国の人(この場合は日本人)には伝わらない。なるべく正確に伝えたい。とはいえ、原文を読んで、感じている私を媒体にして伝えるかぎり、嫌でも私の解釈が入りますよね。それが独りよがりにならないよう注意したい。作業中は、「これでいいのかな」という葛藤の連続です。楽しくもあり、苦しくもある作業です。

ー 暴力的なシーンがありましたよね。私はその2ページを読み切れなくて、ページを飛ばしてしまいました。読者としては許される行為ですが、翻訳者は嫌でも付き合わなければいけませんよね。そういうところで苦労しましたか?

私も訳すのがつらかったです。作家のような表現力があればいいのでしょうが、自分の中に、こういうシーンを描写する語彙が少ないということを痛感しました。たとえ言葉を知っていても、それを生かして使うことは別なのだと。でも、このシーンがあるから、登場人物の女性が、生き方を変えていったときの清々しさが際立つのですよね。それに、原作者への仁義として、ここはひるんではいけないと、こちらも必死に挑みました。とはいえ、出来上がってしまうと、それほど強烈にも感じないというか、読者として読んでみると「こんなもんか」という感じです。読むだけなら、もっと激しい描写でも私は平気かもしれません(笑)。

ー 翻訳って残酷な仕事だとよく思います。ドラマを見て、よくもらい泣きをしますが、1時間が終われば、「あ~良かった」と過去形にできますが、翻訳者はそのストーリーにずっと付き合わなければいけません。それもとことん。視聴者の一回の涙をもらうために、翻訳者は5回も6回も涙を流しながら訳すことがよくありますよね。今回の訳書を読んで、「本多さん、しんどかっただろうな~」と思いました。多くの登場人物の人生を抱えたまま、3か月も過ごしていたと思いますが、やはり精神的にきつかったでしょうか。

じつは、進行の都合で、2か月半ぐらいでこの量を訳しました。おかげで、休日返上で朝から晩まで、他のことは一切できませんでした。「あ~、今日もお風呂に入れなかった」と。体力的にきつかったということはありますが、自分がおもしろいと思った小説なので、精神的にはきつくありませんでした。

登場人物たちの人生にも興味を覚えましたし、それぞれの言葉を借りて語られる死生観にも共感したりして、そういう意味では、全然つらくありませんでした。逆に、自分が感情移入できない内容だったら、精神的に消耗したかもしれません。

小説に限らず、ドラマの翻訳でも私はよく泣いています。これって、きついというよりは、むしろ原作に楽しませてもらっているということなんです。そして、そのたびに、こんな小説やドラマを生み出せる人はすごいなあと思います。

ー 翻訳って、普通の人にとってどんな意味を持つのかなとふと考えることがあります。私の独断と偏見ですが、韓流ドラマが成功している要因は、実際に韓国社会が抱えている矛盾や問題から切り離して、幻の「愛」の世界を作り出していることにあると思いますが、中国のコンテンツはそういうところが下手。現実主義者ですから。では、日々の生活に追われている日本のみなさんに見てもらうためにはどうしたらいいと思いますか。私は分かりやすいコンテンツを紹介する必要があると思います。つまり、高尚な文学書の域から飛び出したリアルな内容、格調高い文章と決別した馴染みやすい文体・・・うまく言えないけど、そういうこれまでの殻を破る努力が必要な気がします。

「下手」と言い切ってしまうとは、さすがご自分の母国に対しては評価が厳しいですね。おっしゃるとおり、中国は現実主義のものが多いですね。国の事情が違うので、日本人には理解できないことも多く、エンターテイメントを求めるとなると、そのまま輸入するのは難しい。

今の段階でのキーワードは、やはり「共通性」だと思います。違いを楽しむのも大事ですが、まずは共感しやすいコンテンツ。韓流の幻の「愛」の世界だって、あれは日本人も共通に持っている世界ですよ。「あ~! これこれ」って。だから大いに盛り上がった。

中国にだって、共通性をもったコンテンツってあるのではないでしょうかね。中国と日本は本当に誤解が生じやすいし、実際に隣国だから難しい問題が山積しています。だけど、感動したり、涙を流したりする感性の部分では、そんなに大きな違いはないはずです。それが出発点になっている作品なら、日本人だって同じように楽しめるはずです。それは、決して中国国内で高い評価を得ているコンテンツとは限りませんが、少なくとも、ファンを獲得しているはずです。そんなコンテンツを発掘できたらいいですね。

「こんな作品が海外では喜ばれた」ということがフィードバックされれば、制作する側もまた変わってくるはずです。殻を破る必要があるなら、それは自然に起こってくるはずです。ただし、それまでには、コンテンツのやり取りを繰り返すという努力が必要で、その過程で、翻訳者も地道に頑張らなくてはいけないのだと思います。

ー 最後に今後の計画を教えてください。

個人的な計画といえば、やはりコンテンツ発掘でしょうか。それから、翻訳して、それをきちんと日本の読者や視聴者に届けられるシステムが充実したいいなと思います。「売れませんでした」で終わるのは寂しすぎますし、せっかくの原作がもったいない。と言いつつ、実際は日々の仕事に追われ、なかなか発掘まで手がまわりませんが、日々の仕事もまた、中国のコンテンツを訳すことなので、とにかく目の前のことを一生懸命やるしかありません。